+++ My Conception 《 私の音楽考 》 +++
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2007 / 4 / 03 「ジャズ」を教える、ということ
2007 / 2 / 15 デュオの楽しみについて
2006 / 11 / 30 「The Scene Is Clean」収録後記
2006 / 10 / 12 『ジャズっぽい』演奏とは何ぞや??
2006 / 9 / 27 私的ビ・バップ考
 

 
  2007 / 4 / 3
      「ジャズ」を教える、ということ
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先月より、このワタクシが、恐れ多くも人様にジャズを教えるということをしています。実は今までにも、ジャズ・スクールや個人レッスンなど、何度かそのようなお話を頂いてきたのですが、なんとなくお断りさせて貰っていました。そのワケは、私にはジャズ・プレイに関する理論だとか奏法を、順序立てて正確に誰かに教えてあげることが、ほぼ不可能に近いから。勿論、自分の中ではちゃんと理解出来ているのですが、それも「自分なりに」、自分だけに分かる言語のようなもので、頭の中というよりも感覚に染み込ませてある感じなので、それを分かりやすい言葉にして伝えるのは、とても難しいのです。・・・・そう考えていたら、自分の脳ミソが、(失礼ながら)長嶋茂雄氏と同じような構造をしていることを自覚しました。普段から右脳しか使っていないのかもしれません。「すごく、すごかった!」みたいな表現は、自分的由としておるのです(・・・でも、ちゃんと伝わるでしょ?《笑》)。 
 
なので、もし、私がレッスンをするならば、まず、何かしらの音楽経験がある人。全くの初心者の方に、コードの押さえ方や、プログレッションの理論などの肝心な「第一歩」を私が教えても、ちゃんと理解させてあげられるかどうか、責任が持てないのです。それから、クリエイティブな感覚を持ち合わせていること(こういう人は、インプロビゼーションをやるということ、果ては「ジャズ」は形式ではないという私なりの概念を、きっと良く理解してくれると思う)、そして何より、ジャズをやる気満々であること。 
 
私に出来るのは、「ジャズ奏法」ではなく「ジャズ」そのものの魅力や、プレイする楽しさを教えてあげること。それと、プレイに対してのアドバイス。出来るだけ実践を多くして(今のところ、レッスン中は「語り」が殆どですが・・・スミマセン)、フレージングと平行しながらリズム、タイムの部分を最初から強化(これは難しいけれど、体が覚えれば楽しいですぞー)、慣れてくればアンサンブルも・・・と、自分なりに楽しいメニューを考えたりもしています。理論に関することは、その時の必要に応じて、後付けで・・・。 
 
これでレッスンと呼べるのかは分かりませんが、今のところ楽しんで取り組んでくれている様子の弟子一号(この人も、クリエイティブな職業をお持ちです)を見ていると、まぁこういうのも有りだろうと、勝手に納得します。それは、彼が、私の「右脳的ジャズ理論」に理解と興味を示してくれているが故、成り立っているのかもしれませんが・・・。 
 
弟子よ、師匠よ、と呼び合える清らかな(?!)人間関係は、「先生」ではない私にとって今後もそう多くは持てないだろうと思います。なので、こんな私を理解してくれる貴重な弟子(彼らも「生徒」ではない)には、「プレイヤー」として、感じる限りのことを伝えたいのです。“基本”としてのバップ以外は、強要するつもりもないので、その人なりのプレイをして貰いたいと思いますが、ジャズの本質だとか、「ジャズ」であることの本当の意味がなんとなく分かってきたら、それを何よりも大切にして演奏してくださいね。 
 
まずは、音楽を楽しむこと。そして、ストイックになり過ぎないこと。そう心して精進しながら、“すごく、すごい”プレイヤーを目指しておくれー。
  

 

 
  2007 / 2 / 15
      デュオの楽しみについて
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私がまだ二十歳そこそこだったバブル期には、豪勢にジャズの生演奏を取り入れていた店やホテルのラウンジ等が各所にあり、休み無しで毎夜働く忙しい先輩ミュージシャンがたくさんいらっしゃったが、ここ暫くの不況の中、出演バンドのメンバーの人員削減が、ごく当たり前のように行われ、今では小編成のユニット、またはソロ演奏での店が殆どになってしまった。それでも、演奏を続けていられる店はまだ良いが、ライブの日数を極端に減らしたり、演奏そのものをやめてしまうところもある。 
 
バンドの人員削減にあたって、まず最初に「削除」されてしまうのはドラマー。これは本当にカワイソウだが、単独で音楽の最重要素である「メロディー」や「ハーモニー」が出せない(“楽音”からは一番離れた音色をしている。中には、“雑音”に聞こえる人もいる。)ために、最小限の人数に押さえるには、最も省きやすい楽器なのだろう。確かに、「リズム」の部分は、その他の楽器でも十分に表現出来るし、補えるのだが、やはりあの4ビート独特のレガートやキックが聞こえてこないのはちょっと寂しいものである。 
 
ドラマーの次にはフロント楽器、或いは、ベーシストらがバンドから消えてしまい、その結果、「デュオ」という一番小さなユニットの形態が残る。幸い私はピアニストなので、他の楽器奏者に比べるとこの形態に最後まで残らせて頂ける可能性が高く、月々に頂く仕事でも、デュオ演奏の機会が幾つかある。若い頃には苦手だったのだが、慣れてきた、ということもあって、今では、このデュオでの演奏も大いに楽しむことが出来る。 
 
ベース、サックス、ヴィブラフォン、クロマティック・ハーモニカなどなど、様々な楽器奏者との共演の機会があるが、とりわけ自由度が高くて楽しいのは、やはり、リズムの部分を分け合うことが出来るベースとのデュオだ。パウエル・スタイルのピアノ・トリオなどに於いては、ベーシストの役割分担というのはほぼ決まっているのだが、デュオの場合は、淡々とビートを刻むだけではなく、互いにインタープレイ出来る要素を持ったベーシストとの共演が面白い。それは、コンボでゴリゴリとビ・バップを演るのとは、また違った世界である。グループで居酒屋に行き、皆で笑笑過ごすのと、静かなバーで、誰かとサシでしっぽり呑む違いのようなもので、相手との会話の仕方が変わってくるのだ。 
 
デュオは親密な会話である。相手の身の上話に「うんうん」と耳を傾けているような感じ。だから、時に、相方とは恋人同士なのか?とお客さんに間違えられてしまうこともある(笑)。しかしそれは、二人の演奏がどれだけスピリチュアルなものであったかというバロメーターでもある。独り語りに対する「伴奏」ではなく、「合奏」であること。そういう点は、ベーシストとのプレイに限らず、どんな楽器奏者とでも同じだ。 
 
かといって、私自身は、ソロでもデュオでも、コンボでの演奏でも、意識して自分のスタイルを変えているわけではなく(変えられるほどの技量は無い)、その時の気分で音を出しているだけなのだが、それでも、聴く人に「なんかちょっと違うね」というようなコメントを貰えるようになったのは、少なからずの成長であると思う。この数年間で、音楽は頭でするものではないのだなと、やっと分かりかけてきた。そして、聴く人に伝わるのは、正にその部分であるのだということも。 
 
もっともっと、自分を高めていきたいと思う。いろいろなことにチャレンジしたいと思う。 
最近、ハモンド・オルガンに浮気しているが、もし、何年か後にこの楽器を弾きこなせるようになったなら、ドラマーとのデュオが実現するのだ。・・・・待っててね、ヤジ!(笑)
  

 

 
  2006 / 11 / 30
      「The Scene Is Clean」収録後記
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11月17日&18日にレコーディングしてきたばかりのサード・アルバム。ビ・バップの巨匠タッド・ダメロンの佳作のタイトルを頂き、『The Scene Is Clean』のタイトルで来年2月21日(水)に発売になります。 
 
当初はオリジナル・チューンを中心に制作するつもりでいた今回のアルバムですが、Ds.のヤジーがこの「The Scene Is Clean」という曲をバンドのレパートリーとしてやってみたいと言い出したことをキッカケに、暫く聴いていなかったダメロンの音源などを引っ張り出して聴いているうちに、やってみたい曲がどんどん増えていき、結果として裏テーマは「ダメロン集」になってしまいました(裏・・・て言ってもタイトルがこれじゃ、ね《笑》)。レコーディングでは曲数の制限もあるため、演りたい曲全てを収録することは出来ませんでしたが、あまり知られていない“隠れ名曲”も多いダメロン作品を、今後はライブでも積極的に演奏して新たなる“布教活動”をしようと思ったりもしています。 
 
そして勿論、私とフーミンのオリジナル・チューンも、ダメロンに負けじ!と頑張って(?)います。この夏からのんびりしたペースで作った曲達。出来の悪い子ほど可愛いというではないか・・・という気持ちでいましたが、こうしてきちんと形にして聴いてみると、なかなか良いですぞー。相方との作戦会議(ただ呑んだくれていたのではありませんよ)を重ね、「どーしよー、どーしよー」と試行錯誤した“初めての作曲”。結局、頭を捻るより、口をついて出てきた鼻歌そのままでいいのだということを学びました。これぞ理論先行ではないビ・バッパー式正攻法(笑)。 
 
さて、今回の収録曲です。 
 
1.The Scean Is Clean(T.Dameron) 
ダメロンのリーダー作『FONTAINEBLEAU』(Prestige)に収録されています。この曲のタイトルには善からぬ意味もあるようですが、私にとってはバンドのメンバーの一新等、いろいろと深い意味合いを込めてアルバムのタイトルにもしました。アレンジを少しと、オリジナルのセカンド・リフを作りました。 
2.A Bebop Carroll(T.Dameron) 
『Fats Navarro Memorial』(SAVOY)に収録されています。スペルは違いますが「ビ・バップ賛歌」。これは私のバンド・テーマにも成り得ます(笑)。ダメロンのアレンジに少し手を加えました。 
3.Bevan's Birthday(T.Dameron) 
ダメロンのリーダー作『The Magic Touch』(Riverside)に収録されている、フルートのために作られた曲。ダメロンのアレンジを元に、全篇ラテンにアレンジしました。 
4.Nothing Like Playing Blues(F.Takeuchi) 
フーミンことAs.竹内郁人のオリジナル・チューン其の一。シンプルなブルースで、Ds.フューチャリングの曲になっています。 
5.Soultrane(T.Dameron) 
ダメロン、コルトレーン共演の名盤『Mating Call』(Prestige)に収録された有名なバラードです。 
6.My Sound In The Pocket(F.Takeuchi) 
竹内郁人のオリジナル其の二。フーミンらしい、ストレートでシンプルなメロディー・ラインです。捻くれ者の私にはこういう曲は書けません。 
7.On A Misty Night(T.Dameron) 
5と同じく『Mating Call』での演奏で有名になった名曲。つくづく、ダメロンはメロディー・メーカーなのだなぁと感じます。原曲のアレンジで演奏しました。 
8.Box Junction(A.Kaneko) 
私のオリジナル其の一。なんとなく作った曲なのですが、難解だというメンバーからの不評の声もあり。どーしてぇ?? 
9.A Tipsy Walk(A.Kaneko) 
私のオリジナル其の二。Tipsyは“微酔い”という意味。はい、ダメな生活してます・・・。 
10.Send For Your Tenderness(A.Kaneko) 
私のオリジナルのバラードです。タイトルにはちょっとした想いがありますが、それについてはナイショです(笑)。 
11.Our Delight(T.Dameron) 
数多くのミュージシャンによって取り上げられているダメロンの名曲です。ちょっと気合いを入れてアレンジしてみましたが、結構カッコイイのではないかと思ってます。演奏するのは一番難しかったです。 
 
・・・こんな感じで、ちょっとマニアックではあるけれど、全体にとてもメロディアスで聴きやすい作品に仕上がっています。打ち解けたメンバーとのリラックスしたセッションの雰囲気も、じんわりと伝わってくるのではないでしょうか。そして、今回のアルバムは前作ほどにスピリチュアルなコンセプトではないものの、私なりのいろいろな想いがたくさんこもっているので、それは果たして何ぞや?と想像を巡らせながら聴いて頂けたら嬉しいです。発売の日を、どうぞお楽しみに!
  

 

 
  2006 / 10 / 12
      『ジャズっぽい』演奏とは何ぞや??
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先日ある方より、『ジャズピアノをやっているのだが、自分の演奏を録音して聴いてみると全然ジャズっぽくない。何処が悪いのだろうか?』という内容のメールを頂きました。随分時間が経ってしまいましたが、私なりに少し考えてみたので書きます。ただ、メールを下さった彼女の演奏を実際に聴いたことはないので、これまでジャムセッションの参加者等の演奏を聴いてきたうえで感じることなのですが・・・。 
 
表面上、『ジャズっぽくなく』聞こえる要因で、私の思い当たるところは以下の三点。 
@ソロのフレージングにおけるクロマチック・アプローチが少ない、または殆ど無い。 
Aリズムの研究が成されていない。ノリとかタイムの問題。 
Bコンピングやバッキングのヴォイシングがシンプル過ぎて、テンション感が無い。 
 
・・・考えた割にはフツウな答えでした。少しずつ解説しますが、こういうコトを文章にするのってホントに苦手なので、あまり複雑なところで突っ込まないでくださいね(笑)。 
 
まず@は、単純に和声に対するアプローチの問題です。コード・トーンをそのまま弾いちゃっているだけ、とか、スケールで上下行しているだけというパターンがけっこう多いみたいな気がします。これは、そのコード・トーンに向かう半音上や下からのアプローチ・ノートを使う練習をすることで解決します。私は、コード・トーンに対して【全音(または半音)上→半音下→コード・トーン】を一拍三連符で弾くというパターンを作って練習していました。・・・分かり辛いですね(笑)。でもこれは和声的アドリブ・ソロの勉強の手始めに必ずやることだと思うので、初心に返ってコツコツやってみてください。 
 
Aは誰しもが一番悩まなくてはいけないところであります。しかし、とりわけソロの最中などは、フレージングにばかり気を取られておろそかになりがちなところ。まずソロを取る時に意識したいのは、常に一拍を三連符に感じること。厳密にはそうでないのかもしれませんが、ジャズ理論上では【八分音符2つ=2:1に分けた三連符】となっていて、そのバウンスした感じを意識するだけでもジャズ独特の雰囲気は出るのではないでしょうか?全体のタイムについては以前にも書きましたが(「タイムについて考える」)、ソロもバッキングもビートに対してゆったりと乗ること。振り子式のメトロノームに合わせて練習すると、一拍の幅がよく見えて分かりやすいです(電子式のだと、リズムが「点」にしか見えないのでダメ)。それから、よくアップビート(4/4拍子の2、4拍目)を感じて!と強調されますが、そのためにはダウンビート(1、3拍目)も確実に感じてくださいね。それだけでもかなりゆったりタイムで演奏出来ます。アップビートだけに気を取られていたら、テンポの速い曲などでは確実にリズムが突っ込んでしまいますよー。あと、バッキングではシンコペーションを使えていない人も多いので、往年のプレイヤー達の音源等をよく聴いたりして研究してみてください。ポイントは4拍目の裏です。ムフフ・・・。 
 
Bはコード楽器にとっての重要課題。しかし、コツを掴めばとっても楽しい作業です。『ジャズっぽくなく』聞こえてしまう人に多いのは、単純にテンション・ノートが使えていなくて、スリー・コードのようなサウンドになっていること。これは、まず【ルートを抜いた三度以上の音を使ったクローズド・ポジション】の各種を左手に憶え込ませてしまうのが手っ取り早いです。テンションの位置や響きが分かれば、両手でのバッキングなどにも応用が利くと思いますので、うんと『ジャズっぽく』なると思います。ただし、#9thや#11thなどの使い過ぎには注意(笑)!あくまでメロディーに沿ったテンションの選択を・・・。 
 
私の少ない知識とボキャブラリーで書けるのはこれくらいです。レッスン等で生徒さんに教えている人だったら、もっと分かりやすく説明出来るのでしょうね・・・。私は教育者ではないので、あまり参考にならないかもしれませんが、お許しを〜。そして『ジャズらしい』演奏が出来るようになってきたら、さらにもう一段、ステップアップしてみて下さい。リズムやソロのフレージングはとても大切ですが、何よりもそれが自分のヴォイスとなること。上手い下手とか、スタイルの問題ではなく、自分に正直な、作り物じゃない演奏を・・・・・それが『リアルなジャズ』だと、演奏家として、私は思います。
  

 

 
  2006 / 9 / 27
      私的ビ・バップ考
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ビ・バップとは?・・・ダンス音楽としてのジャズに飽き足らなかったプレイヤー達によって創られた、インプロビゼーションを中心としたスタイルで演奏するという、40年代初頭から始まったジャズのムーヴメント。チャーリー・パーカー、ディジー・ガレスピー、バド・パウエル、セロニアス・モンク、タッド・ダメロン・・・、この素晴らしいビ・バップの創始者たちを、心から敬愛している私です。 
 
一般的に「ビ・バップ」といえば(・・・あまり一般化していませんが《笑》)、パーカーやバドの作ったチューン(主にリフ物)を、バップ・フレーズ満載にしてプレイすること、と解釈されていると思います。「今日はビ・バップしよう!」というと、パーカーの曲をたくさん演るとか、テンポの速い曲を演るとか、そういう意味で「ビ・バップ」という言葉が使われることが多いのではないかな?勿論、それもビ・バップの要素ではあると思いますが、私的にビ・バップとはもっと深いものだと思うのです・・・・・なーんて、一考してみたものの、上手く言葉で表すことが出来ないのですが(笑)。 
 
ビバップには、その演奏スタイルに「和声的インプロビゼーションをする」という大前提があります。しかし、そこにはコード・プログレッションに雁字搦めにならなくてもいいという自由性もあるのです。よく「ビ・バップはコード進行通りに演奏しなくてはいけない」と思われてしまうのですが、例えばパーカーのアドリブをコピーしてみたりすれば、その曲全体の大きな流れには沿っているものの、細かい部分では実にいろいろな方向に展開していることがよく分かります。そのテーマから派生した「歌」ならばなんでも有り(っていうのとも違うかもしれませんが、上手く言えません・・・m(_ _)m)、みたいな自由な部分がビ・バップ・スタイルの楽しいところなのです。なので、『始めにコード在りき、そこからスケールが派生する』という、某音楽大学で開発された教育用のジャズ理論は、ビ・バップのスタイルにおいては、それは全く逆ということになります。始めに在るのはスケール(メロディー)で、それに対してのコード(プログレッション)があって、しかも最終的に然るべき処に戻って来るのならば、その経過は自由なのです。ただ、その「自由さ」を満喫出来るようになるには、たくさんのひきだしを持っている必要があるし、コード進行に関する知識も無くてはいけないので、その辺りがスタイルとしてのビ・バップの勉強としては一番大変なところなのではないでしょうか??・・・道程は長そうです。 
 
しかし、そういうジャズ理論的なことだけでは語りつくせないのがビ・バップ。例えばモンクの演奏を聴いて「なんだ、そりゃ!?」と思うことがあります。エルモ・ホープも然り、フレディー・レッドも然り。バップ・フレーズが殆ど無くても、時に不可解な音で埋め尽くされたりしても、あぁ、ビ・バップだなぁ〜、と感じるのは何故なのだろう?と考えた時、そこには、スタイルとしてではない概念としての「ビ・バップ」が存在しているのだな思うのです。つまり、細かい理論とか小節線とかを取っ払ったうえで、現在のリアルな自分のココロをそのまま音楽に投影してしまえ!というところ。その在り方がビ・バップという音楽の精神性、内向性の高さの理由であると思うのです。以前 J Jazz.Netでも書いたことがありますが、それは現実逃避の刹那的快感でもあります。でも、逃避すればするほど、リアルな姿が音楽には現れてしまうワケで・・・。おもしろいですね。 
 
複雑なコード・プログレッションに則った端整なプレイと、感情に支配されたエモーショナルなプレイ・・・この相反するような二面性をどうやって消化&昇華していくのかがビ・バップを志す私にとっては、生涯の課題かもしれません。ただ言えるのは、ビ・バップの演奏スタイルは「前提」としてあるのであって、それが出来たとしても、自分はビ・バッパーである!なんて言うのはバドやパーカーの前で恐れ多いということ。もっとスピリチュアルなところでのビ・バップを捉えられるようになりたいと思います。ジャズに限らずいろいろな音楽を聴いたり、大好きな人と心を通わせたり・・・、そうやっていつも自分の中を柔らかくしていたいです。たくさんのことを吸収出来る、低密度のスポンジのように・・・。
  

 

 
  2006 / 5 / 25
      バッキングのこと
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毎月、ジャムセッションのハウスをやる機会がとても多いのですが、最近ピアノでの参加者の方からバッキングについての質問をよく受けます。特にピアノに関してはバッキングという裏方さん的作業より、どうしても自分のソロにばかり気持ちを囚われている人が多いような気がしていたので、「バッキング=アンサンブルに参加すること」というセッション本来の楽しみ方に着目してくれることは、とても嬉しいことなのです。ただ、理論的なことなどはご質問頂いてもロクに答えてあげられないことが多いです。ごめんなさい。感覚では分かっていても、それを上手く言葉にすることが苦手なのです。なので、ここではただ「バッキングって楽しい」ということだけを書きます。 
 
とは言え、以前は私もバッキングが苦手でした。たくさんのGIGやセッションで、いろんな人からいろいろなコトを言われるので、バッキング恐怖症みたいだったこともありました。コードの組み立て方、ノリ、タイミングなど、たくさん考えてしまうことがあって、どうすればいいの!?と悩みのタネは尽きずそれは現在も継続中ですが、そういう細かいことはさておき、純粋にバッキングをするのが楽しくて仕方ない最近の私です。 
 
バッキングとはソリストの伴奏ではなく、ソリストの語り掛けに対する「相槌」「合いの手」或いは「反論」(笑)。要するにジャズにおけるアンサンブルとは座談会のようなもので、まずは人の話を聞きましょう!ということ。そしてそれに対して皆で同調したり、突っ込みを入れたりしながら会話が進み、その結論よりもそこに至るまでの経過を楽しむのです。バッキングというものが決して裏方作業ではなく、十分自己アピールの場にも成り得るのだと思うと、きっと楽しくなると思うのですがいかがでしょうか??各自のソロは自宅でいくらでも個人練習出来ることなので、ジャムセッションには是非アンサンブルすることを目的に参加してみてくださいね。その方が絶対有意義ですから! 
 
さて、アンサンブル=会話であるとしたら、当然、話が合う人、合わない人がいるわけで、すごく話が弾んで楽しい時と、全然噛み合わないなぁという時があります。出来ることなら話の合う人に思い切り絡んでばかりいたいところですが、いろいろな人とのセッションの機会があるジャズ・ミュージシャンにとっては、そうも行きません。なので、ちょっと分からんなぁという時でも、なんとか折り合いを付けて丸く収めたりもします。でも、どうしてもダメな時は一瞬中座してみたり・・・。良いことではないのかもしれないけれど、人間同士のコミュニケーションなので、そういうことも時にはありますよね(笑)。 
 
そういえば、それぞれのソロの語り口というのは、その人の日頃の話し方とまるで同じだったりします。これはとても面白いことだと思うのですが、口数の多い人、ボソボソ喋る人、話の組み立て方が上手い人などなど、その人の個性がちゃんとソロに反映されてしまうのですね。それはバッキングにおいても同じこと。かく言う私も、ステージ上のMC以外では人と話をすることが好きで、ツボにはまる話題には首を突っ込まずにいられないのですが、そういう性分みたいなのもバッキング好きに影響しているのでしょうか?ただ、たまに会話を通り越して「語り」になってしまうこともあるので、喋り過ぎには本当に気を付けようと思っています(笑)。独り善がりってカッコ悪いですから・・・。
  

 

 
  2006 / 1 / 5
      今年の抱負など・・・
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昨年12月14日にリリースしたセカンド・アルバム『Our respects to BUD』。聴いてくださった方々からたくさんの感想を頂きました。その中で一番多く言われるのが、「ノリ」のことと「勢い」のこと。ゆったりとしたタイムの研究やムーブメントを止めないということは、演奏者としての私が一番心掛けていることであり、それがあってのジャズだ!と日々拘り続けていることなので、細かい内容云々よりも、そういうところを聴いて下さるリスナーの方々には本当に感謝のココロであります。どうもありがとうございましたm(_ _)m 
 
「日本人が弾いているとは思えない」「絶対に止まらない感じがイイ」という嬉しいコメントがいっぱいで、まだまだ途上ではありますが、私なりの音楽追究がこうして伝わっているということは、今後の大きな励みになります。そして、音楽というものの楽しみ方、聴き方をよく分かっている人たちが沢山いらっしゃるのだということも。そう言えばスィング・ジャーナル誌のレビュアーの方も、このコーナーをご覧になった上で、私のタイム感などについてレビュー内で書いておられましたが、そんな評論家の方なども見ていらっしゃるかもしれないところで、いい加減なことを書いたり、大口をたたいたり、果ては有言不実行であってはいけないのだと、改めて自分に言い聞かせている次第です。 
 
そんな感じで今年も変わらずビ・バップを追究して行きたいと思います。でもそれはただひたすらにビ・バップだけを追いかけるということではなく、たとえば日々の生活の中で新しい発見をすることとか、人との交流で感情が揺れ動くこととか、あらゆるジャンルの音楽に触発されることとかによって、自分の中のビ・バップという「概念」を昇華させていくことだと思っています。そして、より純度の高いビ・バッパーを目指したいと思います。時に大きく凹んだりしますが、それも肥やしだと思ってガンバリマス! 
 
今年もたくさんの出会いや発見がありますように。そして、より多くの人に私の音楽に籠められたいろいろな気持ちが伝わっていきますように・・・。
  


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