++現場日誌++

2017. 4. 28. Fri かき氷のお店の工事。
2017. 4. 27. Thu 中野翠の単行本を読みつつ。
2017. 4. 26. Wed ドラマチックなお客さんのデッキ。
2017. 4. 25. Tue 3Fベランダ工事。
2017. 4. 24. Mon 今度は12年前のだいたい今頃
2017. 4. 23. Sun 13年前の新土場での格闘技大会。出現。
2017. 4. 22. Sat 来週月曜日まで行くだろう。
2017年 4月
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  2017. 4. 28. Fri
      かき氷のお店の工事。
  
いつも、仕事を楽しませていただいてるエクステリアメーカーのKさんの、デザインによる店舗の現場の工事をさせて頂いた。 
 
”かき氷”のお店ということで、僕の記憶が敏感に反応した。 
 
学生時代のボクシング部の練習のあと、必ず同期と帰りに早稲田の(おかめ)というかき氷屋に、寄って行ったものだ。(1970年代) 
 
先輩と僕で、まだ土間だったかき氷屋に行くうち、他の運動部、記念会堂が練習場のバトミントン、阿部球場(当時まだあった)の野球部連中、などなど運動部が、きだしたのだった。 
 
いつの間にか、ボクシング部筆頭に一般学生の憩いの場になっていた。 
 
店も、ちょっと小奇麗になった。(こじゃれてはいないけど) 
 
減量中”かき氷食べたい”と思いつつ、一週間位店の前を、うらめしく通りつつ、氷屋のおばさんに挨拶し、”試合終わったらすぐ来ます。”といって通り過ぎる禁欲。 
 
後楽園ホールで試合が終わると、緊張から一気に解き放たれて、ミルク金時を求めて、(おかめ)に部員全員いったものだ。 
 
そこで漸く、ホッとしたものだ。(一仕事終えたなあと) 
 
減量合宿中、減量の楽な先輩が、合宿所で”おかめのかき氷2杯食ってきた”と自慢すると、ほんとに怒りがこみ上げて来て、殴ってやろうか?と思うこともあった。 
 
夏限定の氷屋の(おかめ)は、御夫婦でやってたけれど、僕らの要望で、通年やるようにしてもらったっけ。 
 
バブルのころ、西早稲田も高層化してしまい、閉店してしまった。 
 
ビルになっても、後輩たちは(おかめ)のおやじさんとおふくろさんに、商売でなくかき氷を、年に数回作ってもらってたみたい。 
 
僕と先輩が見つけたかき氷屋にいくのが、卒業後も知らないうちに、部の伝統みたいになってたのにはおどろいたが。 
 
ぼくの、かき氷物語だ。 
 
(写真は、石垣島で見つけたカキ氷屋)
  

 

 
  2017. 4. 27. Thu
      中野翠の単行本を読みつつ。
  
筆者は、自分より約10年位上のかたで、時々名前は聞いたことが有った。 
 
コラムニストという認識でいるが、文筆業の方も、現在はメディア発信を替えたりする場合が多く、 
環境的にもそのようなことが可能なので”コラムニスト”はとりあえずの種別分け的なものだ。 
 
学生時代のことが、書いてあり、生息場所が10年ほど違うだけで、懐かしい名前が出てくる。 
 
時代の空気も、何とはなしに理解できるので、興味が非常にあった。 
 
10年の差は、わかったような気にさせてくれるまでだが。 
 
この本の中に、当時の学生の興味(・文化・政治・思想・)を教えてくれている。 
漫画ガロやら、マルクス・エンゲルスの経済学本、サイケデリックなどなど。 
 
とても知ってるわけではないが、リアルタイムに聞いたことが有る程度。 
 
作者は、つげ義春とともに、佐々木マキのことも取り上げていた。(左写真) 
 
初めて聞くけど?というと、少し年下の女房は、絵本でよく見ていたと言う。 
 
娘は、”佐々木マキ風の絵はメビウスに行きつくみたい。”と訳知り風だ。 
 
家族で自分だけ知らない知識だった。 
 
メビウスっていうから、メビウスの輪を想像してしまった。 
 
中写真)富嶽三十六景・葛飾北斎の神奈川沖浪裏 
とメビウスの(右写真)にてるよなと発見。 
 
これは、偶然か?
  

 

 
  2017. 4. 26. Wed
      ドラマチックなお客さんのデッキ。
  
もう5年も経つが、ある雑誌社のかたから、ウッドデッキでご協力いただける方いらっしゃらないですか?というお話が有り、 
 
Mさんのお宅、奥様と玄関まわりを打ち合わせして、奥様のセンスにのっかったデッキが、格好よくできていたので、雑誌社の方に紹介した。(勿論、Mさんの了解もとったのだが) 
 
ご主人は、土木技師のかたで、鉄骨の基礎が(ごつすぎるんじゃないか?)と言われたのだが、鉄骨の建て方終わった翌日あたりの午後に、東日本大震災が起こったのだ。 
 
震災をまたいで、工事開始・・終了(震災中も工事中)という忘れ得ぬ現場にもなったのだ。 
 
お打ち合わせは、仮住まいのお近く、白洲治郎の武相荘そばの、コメダ珈琲でご主人と打ち合わせしたのだが。 
 
当時は知らなかったが、年の近いAさんとボクシングジムで仲良く練習してたら、のちに、Aさんの経営する珈琲店であったということがわかった。 
 
ウッドデッキから、色んなドラマが経緯の中から生まれる。 
 
(人と言う字は・・・・)という金八先生のような教訓的なの、きらいだけど、この仕事を通じて、いろんな人との、対角線的お付き合いの中で、刻まれる思い出と言うものが有る。 
 
対角線が多ければ多いほど、忘れにくい思い出が残って行く。 
 
きれいごとでなく、やっててよかったと思える断面だ。 
何事もない風景を見てるより、人生という気がする。
  

 

 
  2017. 4. 25. Tue
      3Fベランダ工事。
  
以前、伺ったことのあるお客さんから、電話が有り、以前(といっても3年ほど前か?)見積した3Fのデッキを外壁塗り替え工事で足場があるうちにやってもらいたい。 
とお電話頂いた。 
 
以前下見をしていたが、再度、搬入経路を見て昨日、3人が現場に入って終了。 
 
作る場所は広くはないが、兎に角3階なので、既存デッキの解体処分、作り込むのも足場伝わって行くようになる。 
 
家の中を通ると言うと、養生に時間がとてもかかり、費用に跳ね返るので、足場が有るうちに。というのは、僕らも願ったりかなったりである。 
 
一方で、車庫の上のデッキを横浜市でやっていて、2現場同時進行。 
 
宮大工のOさんも、1日だけ手伝えるということで、手伝いに入ってくれた。 
 
営業の君Kは、現場の手伝いで、荷上げ・荷降ろし。 
 
体で、覚えさせるのだ。 
 
  


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