++現場日誌++

2017. 10. 19. Thu 耐久性考。
2017. 10. 18. Wed 雨しか降らない。
2017. 10. 17. Tue 昨日の説明不足に付けたし。
2017. 10. 16. Mon 基礎杭としたものは、腐朽にとっては良い....
2017. 10. 15. Sun 擁壁デッキ。
2017. 10. 14. Sat 浦島太郎かリップ・バン・ウィンクルか?
2017. 10. 13. Fri 小さい秋、見つけた。
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  2017. 10. 2. Mon
      世阿弥、中川一政、入江観・・・・。
  
以前、ひょんなことで世阿弥について調べてみたいと思ったことがあった。 
それを、 
http://www.number21.jp/adiary/diary1.cgi?id=ohtaryo&action=view&year=2012&month=4&day=19 
 
で書いているのだが、ややあって、5年後、また急に思い出して、写真の本を読んでみた。 
 
観阿弥・世阿弥という能の世界は、全くしらない。日本史では、能の流派は観世流、金春流・宝生流・・・・、ぐらい知っとけば、なんか、知ってるつもりに見えるような気もする。 
 
そんな、細切れな知識をひけらかすというのも、空しい。 
 
それより、この世阿弥の世界観・稽古への向かい方、演技論は、驚く。 
人間は生活は良くなったし、科学も進んだが、精神性など、ひょっとして退化してんじゃないか?と思えてしまう。 
 
この風姿花伝の中に、”才能は、ありのまま放任で勝手に開花するものでなく作られるもの”ということが書かれているそうで、 
勿論、天賦の才能は世阿弥も認めているが、努力によって作られる才能も認めているという。 
 
正しく、努力して、才能を開花させること。を信念としていたという世阿弥という表現もある。 
 
そこに、エピソードで、画家の中川一政と入江観の話がでてきた。 
 
今も茅ヶ崎に住んでいる叔父のうちに、娘と遊びに行くと、女子美の高校に入ったばかりの長女に、”近くに校長先生の入江さんがいるから、挨拶に行こう。”と言って、ご近所の入江さんのお宅に、娘と挨拶に行った思い出がある。 
 
その入江さんが、中川一政さんと交友があったそうで、あるとき入江観さんが、手を怪我をして、絵がかけないと中川一政にいうと、中川一政は 
 
”君は手で絵を描くのか” 
 
と一言言ったらしい。 
 
7年前ほどのお客さんで、今も、時々政治・経済を教えて頂く方が、中川一政に傾倒されていた、その時、スポッと名前が頭に入った程度だったが。 
 
中川一政いや、故人になられているが、中川一政先生とお呼びしたほうがふさわしいと今は思う。自分の努力と宮本武蔵の本から啓示を受けて、独学で学び画・書・和歌を97歳まで一流の作品を残している。 
 
これを(独行道)というそうで。 
 
才能とか技術じゃなく、他の何かがあって、できる。 
 
世阿弥が稽古を重視し、傲慢になるなといい続けたのと、中川一政先生と同じ問題の提起だとこの本の筆者は語る。 
 
もう、結婚している娘にこの話を確認したら、 
”入江先生から、朝会で聞いたような覚えがある。”とのことだった。 
 
やっぱり、本物はあらまほし。 
  


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