++現場日誌++

2018. 2. 16. Fri 母校の小学校を見る。
2018. 2. 15. Thu 豊田市足助にて
2018. 2. 14. Wed 中川一政の言葉。
2018. 2. 13. Tue 鉄骨上に。
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  2018. 2. 16. Fri
      母校の小学校を見る。
  
浜名湖と遠州灘の境、西側の新居町に、中山間地から転校後通ってた新居小学校を見に行った。 
 
見に行くと言うより、この小学校のすぐそば、国1を横切って行った所に、旧の木材工場があった。 
 
そこから、小学校に通ったが、歩いて数分、やはり子供の頃より今のほうが、距離感は短い。 
 
あれから数十年。鉄筋コンクリートの校舎も建て替えられて、配置が全く変わって、どこの小学校?というぐらいだ。 
 
懐かしさとは、少しでも思い出のよすがが残ってる場合うまれるもので、 
浦島太郎や、リップ・バン・ウィンクルのように、 
全く変貌していると、思い出もへったくれもないことが実感としてわかった。 
 
都市というわけでもない、街でこれだもの。 
 
工場も移転して、現在の知波田に移った。跡地は、役場の駐車場になっている。 
 
思い出を繋いでくれるのは、奥三河に近い、北遠の故郷である。 
殆ど、町並が変わらない。 
 
集落の世帯は半分になったが、家は解体しないで朽ちるまであるのだ。 
 
思い出が蘇り過ぎという面も出てくる、 
 
人間って感覚は勝手なものかもしれないとふと思った。 
  

 

 
  2018. 2. 15. Thu
      豊田市足助にて
  
工場に行くとき、先祖のお墓参りはしていたが、去年からボクシング部の監督の墓参りが加わった。 
 
先輩が住職をされてる、愛知県豊田市足助の寺に 
去年から移った。 
 
スポーツということだけでなく、精神まで鍛えて頂き、また、チームを鍛えるということの 
答えを導く経験の場を作っていただいたことに 
大いに感謝の気持ちで、伺っている。 
 
全国から、集まった部員達だが、何故か自分が一番近くに生まれ育ったので 
行かないわけにはいかない。 
 
ちょうど、古い町並みの古い店の前に、林業盛んな頃の街を思い出させるかのような、 
足助芸者の写真が飾ってあった。
  

 

 
  2018. 2. 14. Wed
      中川一政の言葉。
  
中川一政画伯について、あるお客様に教えて頂いた。 
画伯だから、心酔する画家などいたのか?というと、これが宮本武蔵だという。 
 
お客様の言葉で、多少の興味を持って、美術館があるという真鶴に行ってみたのが去年だ。 
 
宮本武蔵の(独行道)に、わが身との類似点を見出したのか、中川一政画伯は、己の力で、人に頼ることなく道を切り開いてきた人だ。 
 
独特の味わいのある、書(鶴太郎とちと違う)、随筆などのこしている。 
 
富士山が見えるのに、駒ケ岳を20年、福浦の漁港から書いていたようだ。 
 
以上は、表面的な画伯の生涯を小さくまとめたのだけれど、 
 
そこに写真の様な言葉が有った。 
”画は教わるものではない。自分でいちいち求めるものだ・・・・。” 
 
ここは、独行道に走る画伯の真髄だと思った。 
 
よく、教えてもらいたいと言う時、すぐに教えてもらう先達もいいけれど、苦しみ抜いて、聞くのと、すぐ聞くのと雲泥の差がある。 
 
自分の体験でもそうだったが、自分でボクシング部入部し、誰も教えてもくれないから、自己流で、他人のまねをしていたが、下級生の頃勝ったり負けたりで。 
 
どこが、悪いのか自分でわからなくなりつつも、ハードな練習を課した。 
が、納得いかず、目の前に”壁”があるように見えてきた。 
 
中川画伯と比較したら恥ずかしすぎる話だが、でも、苦しみ抜いてOBに伺ったことは一つ。 
苦しむことによって、真剣さがより増したし、がらっと展開も変わった。 
 
人を恃むのも、良しあしであることを学んだが。 
中川画伯は、更に上を行く一流人。 
 
この言葉の意味は重い。 
 
  

 

 
  2018. 2. 13. Tue
      鉄骨上に。
  
年明けて、1月から現場が続いている。 
ふと気がつくと2月も半ばにさしかかった。 
 
いつもの年と違うのは、兎に角寒い事だ。雪も良く降りつもる。雨は少ないのだが。 
 
感覚的に、そうは無い天気が続くような。 
 
工事をやってる間に、次の工事の準備をしたり、するわけだが。 
 
毎日打ち合わせしていると、現場は焦る事が一番の悪い流れである事は、ここ20年のうちに少しづつ気が付いてきた。 
 
また、現場社員同士の進み具合で、打ち合わせし合って着地出来るように、お互いにコミュニケーションを図ってくれている。 
 
こうしろ、ああしろというレベルでなくもう、工程をみつつ、自主的に現場を擦り合わせしてくれる。 
 
自主的っていうのが、ほめたくはないが、方向性は正しいと思う。
  


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